|
凄まじい音がした。大きな質量がぶつかり合う大きな音。そして、涼やかな音がすぐ後に響き渡った。わたしは不謹慎にもその美しさに心奪われた。高く澄んで柔らかい音が響き渡る。ガラスでできたミクロの数知れぬ風鈴が、静かな風に控えめに応えるような音、とでもいうべきか。 交通事故だ。車と車の。涼やかな音は、フロントガラスがアスファルトに散乱する音だったのだろう。安全のため丸く割れるように造られているから、あんなにも柔らかく高い音がするのかもしれない。たぶん、けっこう近い。
夜10時ごろ。洗い物をしていたわたしは、タオルで手を拭いて、少し目をつぶって、見たくないものを見る覚悟を固めてから、部屋を出た。
もう、携帯を持って電話している人がいる。事故現場の位置を説明しているようだ。 あっという間に人が集まってきた。子どもから老人まで、遠巻きにして気楽にしゃべっている。 すごい音だったね。大したことなくてよかったね。風呂に入ってたけど、慌てて飛んできたよ。新聞に載るかな。テレビに映るかな。ああ、警察が来たよ。 わたしの出る幕はない。ほっとして、部屋に戻った。 そして、翌朝。現場はもうキレイに片づけられていた。事故の痕跡を示すものはほとんどない。車は片づけられ、道路の清掃もすんでいた。きらり朝日を受けて輝くもの。ガラスの破片は、ほんの少しだけ、歩道の上にあった。 追記 |