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このサイトは、法哲学者小林和之が、「正しさを扱うテクノロジー」としての法哲学を語るためのものです。
法哲学が他の分野ともっとも大きく違う点は、自分の生き方にどうしようもなく関わっているというところにあります。もちろん、物理学者にとって物理学を研究することは本人の人生にとって重要な意味があると思います。でも、研究内容と自分の生き方には直接の関係はないでしょう。哲学でさえ自分の生き方とは関わりなく研究することができるかもしれません。 わたしにとって、法哲学の問題について考えるということは「自分を知り・世界を知り・自分と世界の関わり方を知る旅」です。わたしが論文を書くとき、この「発見の旅」を読者と共有することを願っています。いま、一つの発見の旅のガイド付きツァーを企画しているところです。(近日公開)
誤解のないように申し添えておきますと、法哲学はいわゆる「人生哲学」ではありません。わたしが取り上げている問題は、わたし自身の生き方に関わる個人的な問題意識を出発点としていますが、「ひとりの人間がどう生きるべきか」を論じているわけではないのです。わたしが論じているのは、もっと一般性のある問題です。 −−多数決は民主主義にとって必要悪である。
これを見て意外に思った人には特に法哲学について知る意味があります。
法哲学は、あなたの市民としての力を高めるのに役に立つ−− この画像はわたしがグラフィックソフトを使って作成したものです。素材として、IMSI社の"Master Clips 30,3000"の"Dod00185.jpg"(地球の画像)を使っています。手はわたし自身の手をデジタルカメラで撮影したものです。「世界を神や偶然から人間の手に」というテーゼの象徴として作りました。なお、この地球画像は南半球が上になっており、中央に見える大陸はアフリカ大陸です。
どこが"Singing"なのか、と聞かれるとちょっと困ってしまいますが、わたしの実感に由来します。考えることは話すことに、話すことは歌うことに似ているという。「論理は思考のリズムである」というのも、日頃感じていることです。歌うように言葉を紡いでいけたらなあ、と思っています。 フレームは使いません。UNIXのテキストブラウザ・Lynx などで見る方もいるというのが最大の理由です。また、メインの情報を表示する領域が狭くなるという欠点は言うまでもないでしょう。個人的にペイン間のフォーカスの移動が面倒でキライというところもあります。マウスを極力使いたくない人間にとって、フレームは不便なのです。もちろん、メリットがあることは分かっているのですが。 このサイトに掲載されている内容の引用については、みなさんの良識に委ねたいと思います。引用元を書くかどうかもお任せします。基本的に、お好きにどうぞ。悪意の改竄を見つけたら、抗議するかもしれませんけれど。 |
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